「わかんねえ」はチャンス。
前も書いた気はしますが・・・
昔高校の世界史教員だったころ。
世界史といえば暗記量の多さと複雑さ。
たとえばイスラム諸王朝の歴史やら、モンゴル高原・中央アジアの歴史やらは、
どこの地域に何がどんな順番で出てくるか、
普通に教科書を読んだだけで到底頭に入るものではありません。
そこであるとき僕はすごくがんばって、
イスラム王朝について、
地域と時代を整理して一覧表を作りました。
大学受験勉強のとき僕自身がしたように。
そして、これさえ見れば完璧だろ、みたいなのができました✨
授業で配りました。
みんなありがたがったか?
いいえ。
「フーン」みたいな反応でした。
笑
英語でも国語でも、
大量の知識の山を、
なるべくわかりやすく、シンプルに伝えて、覚えてもらおうとして、
僕らは努力をします。
「量をカバーする必要」と「シンプルに伝えること」のジレンマに悩まされながら、
体系化したり、
ここが実はツボなんだぜ✨、みたいなことを秘伝ぽく言ってみたり。
でも
みんなにパーフェクトに伝わるものは、多分ないのです。
僕の技量不足ではありますが、
多分いかなる名講師、神授業だって結局同じです。
だって、
聴く側の状況(それまで積み上げてきた知識、聴く能力etc.)は生徒それぞれで違うから。
どんないい授業を聴いても、
「ここよくわかんなかったなあ💦」
というところは、絶対出てきます。
生徒それぞれに。
最近僕はあることを学ぶためにYouTubeで授業動画を見たりしていますが、
わかりやすい♪と思った動画でも、
「う~ん、ここよくわかんなかったなあ💦」
というところは、絶対あります。
で、
「ここよくわかんねえよ💦」
という部分を、
自分なりに考えたり、他の動画や教材で調べたり、人に訊いたり、
自分で練習をして咀嚼し直すのは、
生徒本人の仕事というか、生徒が自分でやらなければ意味がないんだと思います。
イスラム王朝のまとめは、
(必要があるなら)
先生の僕じゃなくて、
生徒によって自分自身でなされなければならなかったのです。
おバカな生徒にそれができないから先生がいるんだろ?
とツッコまれるかもしれませんが、
人に与えられたものは、
よくできあがっていても
限界があるんだと思います。
もちろん
目の前の子たちの現状にあわせて
わかりやすく伝わりやすくしなければ、というのは常に常に心がけていて、
僕の最優先事項ともいえるものですが、
僕は完璧ではありません(そういうキャラでもありません笑)。
「わかんねえよ💦」
というところはどうしても出てくるだろうから、
そこは自分で勉強して補うようにさせていかなければならないし、
むしろ
そういう部分をどこか残してやらなければ、
と思います。
だって、それが自分で頭使って考える、ということでしょ?




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