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「上」を目指さなければ「普通」にもなれない。(けど・・・)

どぎついことを書いてしまいました。


僕は日々そう思いながら生きています。




子どもたちに対しても、


せっかくの


持っている力を発揮して成長してほしいから


お尻をひっぱたいていきたいものだと思っています。




でも・・・




なかなかそんな簡単に、


「バリバリギラギラ上を目指すモード」


に人はなれないことも、


わかるんですよね。





人は誰しも、コスパをもとに生きているからです。


必要のない、


あるいは必要以上の(と思えた)努力は、


しないでおきたい。


これは生存のための本能です。






僕が学校教員だったころ、


指導の難しいヤンチャの多い学校にもいた日々、


はっきり悟ったことは


「人は、めちゃくちゃ楽しいと思うか、本気でヤバいと思ったときのどちらかでなければ、学びも変わりもしない」


ということでした。





それでも、子どもには素直さがあります。


幼ければ幼いほど、


「大人の教えることは学び取らなければならない」


と思っています。




でも、


「上」を目指すのはシンドいものです。


そのシンドさ、


大人でも実は想像できるはずです。







現実には、


勉強に限らずどんな「学び」でも仕事でも、


真剣にやって「上」に行けば行くほど


シンドく、厳しく、甘いものではなくなっていきます。


(もちろん見返りもあります。)




でも、


「〇〇は甘くはないぞ!!!」


という指導が染みるのは、


すでにモチベーションが起動している人のみ。





一方で、


どんな〇〇(勉強、スポーツ、音楽、筋トレ・・・)でも、


本来人間にとって良きもので、


楽しさがあるはずのもの。






結局、


少なくとも初学者やつまづいている子相手には、


入口のところで


「楽ではないからな?」


「基礎なんだから四の五の言わずに練習ぅっ!」


と迫るのは、


極力避けたくて、



何が何でも楽しく引き込んでやりたいものだな、


と思うのです。


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