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orangejuku

「基礎が大事」の難しさ。

何事も基礎・基本が大事。



これに異を唱える人もあまりいないでしょう。



でも、落とし穴があります。






それは、



「つまらなくなりがち」



なことです。







ピアノを小さい時から習う子は多いですが、



運指のための練習がつまらなくて



やめてしまう子は多いと聞きます。



スポーツでも同じことはありますよね。








とても大事だけど、



モチベーションがなければ



単調で、重労働で、



砂を噛むようにつまらない基礎練習。







それは当然です。





精神科医・評論家・音楽家である泉谷閑示さんは



次のように書いています。



「さまざまなジャンルで具体的な疑問に遭遇した先達たちは、それを探求していく過程で少しずつ、根源的な法則性や基本的な要素を見つけ出していった。それを、後の人間が体系化し整理したものが、今日『基礎』と呼ばれているものである。」



「よって、物事が『基礎から応用に向かって』構築されたように見えたとしても、実際は、すべて具体的な『応用』のところから探索されていったものなのだ」



「考えたり、発見したり、ひらめいたりといった、最も面白味のある作業は、『応用から基礎へ』という順番によってしか味わうことはできない。(略)この作業にこそ人は知的な喜びを感じるのである」

(泉谷閑示『反教育論』講談社現代新書、2013)







たとえばジョン・レノンは



(いきなりですが💦)



教室や大学でギターを学んだのではないでしょう。






アメリカの音楽を聴いて、



真似したいと憑かれるように熱望し、



レコードを繰り返し再生しながら耳コピで



「ここはこうやって弾くのか!?ワーオ!!!」



「この音の出し方はどうしてもわからん。ポールに聞きに行こう!」



と自分で見つけ出していったことでしょう(↑想像)。








・・・逆をいえば



「対象への興味も発動していない状態の人間」



整然と「基礎」をぶち込んでも、



おおよそ期待した効果は上がらない、



と泉谷さんは述べています。








そうなのです。




それは僕ら教師、心しなければならないことです。








そんな「つまらない」(本当はおもしろいんですが)基礎を、



どうやって



手を変え品を変え



ときにおもしろく



ときにほどよい負荷として



子どもたちに落とし込んでいけるか。



それが僕らの腕の見せ所なのです。






・・・とか偉そうなことをいって、



僕もまだまだ全然ですが。

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