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効果があればなんでも。

ちょっと前に、中学教諭をしている知人と雑談しました。

塾のことについて知りたがっていたので、うちでやっていることを色々話しました。

そしたら、

「そんなに手間暇かけるんですか?」

「なんか学校と同じですねぇ」

との反応。

いわく、学校でもしょっちゅう小テストをやって、

不合格者がたくさん出るので、放課後とかに集めて再テストして、

なかなか合格しないから再再テストとかして・・・

と、手間暇をかけていると。

なかなかかったるいことであると。

(時間外勤務にもつながっていると。)

そういう意味で、「学校と同じですねぇ」とのこと。

塾だともっと効率的にサクサク指導しているのかと思っていたのか。

学校で手間暇をかけて指導されていることはわかったものの、

「学校と同じ」というのに対し、その場ではうまくコメントを返せませんでした。


今ならこう返せるかな。

手間をかけるのは確かに同じかも。

ただ、学校と違うのは、塾の場合「効果があるなら」という絶対条件付きで、ということ。

補習も毎日英作文も、やる時に考えているのは唯一それだけ。

唯一それだけはめっちゃ考えます。

「形」も「精神論」も「前例」も、1ミリも要りません。

この補習で、生徒がちゃんと力がつくか否か。

手間暇をかけなくても力がつくようにやっているんなら、手間暇をかけなくたっていい。

力がつくと思えば今日から取り入れるし、

やってて意味ないなと思ったら今日からやめにします。

今のところ、私の力量では、手間暇かけずに(←教師側だけでなくむしろ生徒側にとって!)

勉強に時間をたくさんかけずに、

学力がつくという方法論は想像ができないというだけです。


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