善人ぶるわけではありません。
人格ができてきたわけでもありません。
怒ったり説教かましたりして、
うまく行かないことが多かったので、
怒ったり説教したりしなくなりました。
「怠慢や逃げや至らぬところを、先生がズバッと怒り、諭してくれたおかげで、子どもがハッと目が醒めて行動を改める」
それが、なんといっても理想でしょう。
僕だってそういう経験ありますもん。
でも、それってなかなか難しいのです。
怠慢(に見える)
指示した通りにやらない
話を聴いていない
まず、こちらの勘違いかもしれません。
決めつけられた子どもは当然、
嫌な想いをします。
次に、
そうなるには事情があるのかもしれません。
というか、すべてのことには理由がありますよね。
今日学校で嫌なことがあったとか。
部活や家事でヘトヘトとか。
昨日ちゃんと寝ていないとか。
指示がよくわからなかったとか。
そもそももっと前の段階からわかっていないとか。
過敏な気質を抱えているとか。
もしかすると、
その先生とは生理的に合わないとか。
「よくわからないからボーっとしてたら怒られた」
それ最悪じゃないですか?
それから、
そういう子に「怒る」のって必要なことなのか。
「説教」ってうまくいくのか。
僕は「怒る」にしても「説教する」にしても、
悲惨なくらい口下手ですが、
やる気がない子
反抗的な子
提出物をサボる子
前日ちゃんと寝ていない子
にズバッと利く説教って、
相当難しくありませんか?
(いや、上手な人がいることも知っていますが。)
言葉を尽くし、理屈を重ねて改心させる?
いや、
お話は長くなればなるほど、
ダレて効力が薄まるものです。
「ちゃんとやらないと将来困るぞ!」
いや、知らねーよ。
正論だとしても。
眠そうにしているのなら顔を洗ってこさせればいい。
課題をサボるのなら居残りできちっとやらせればいい。
人は、困らなければ変わらないものです。
「ちゃんとやらなければこの先生の授業では困る」
ということを、
理屈とかは二の次でわかってもらう。
僕はそういう方針です。
あと、
「がんばってやり切れば達成感がある」
ということも。
何せ口下手なもので。
(追記)
「うるさい」とかだったら、ひと言、語勢を強めて
「うるさい!」
と言えばいいんだと思います。理屈も必要ないと思います。
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