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社会は残酷だけど、泣き言を言ってはいられない。

ネットでこんな記事を見ました(↓)。



筆者は、


格差社会などについて発言しているライターの御田寺圭(みたでら・けい)さん。




これによると、


今の大学生の就職活動について、


企業の採用担当者からは


「優秀な学生が見分けやすくなった」


という声が聞かれるそうです。




今の大学生は、


コロナ禍が学生時代を直撃した人たち。



「不要不急の外出は控えよう」


「直接会うよりオンラインでリモート」


「密を避けるべし」


「新しい生活様式を守ろう」


などの社会的要請のなか、



サークル活動も課外活動も飲み会もコンパも


制限された学生生活を送ってきた人たち。


そういう経験が皆無、という学生もいると聞きます。




アピールすべき「学生時代に力を入れたこと」(「ガクチカ」)がなくて困っている、


という話はよく聞きますね。




でも、


そんな中でも


主体性やバイタリティや行動力のある学生はいて、


そういう若者たちは


自分たちのできる範囲で頭を使って工夫して活動をつくりだし、


社会のプレッシャーに屈せず


できるかぎりの努力をしていた。



そういう「陽キャ」の学生が


企業側からは「見どころがある」と評価されている。




一方で


社会の号令に従っておとなしくしていただけの学生は


今や「無気力」な若者にしか映らない。




活動的で社交的な若者と、


おとなしく非主体的な若者。



その違いがはっきり見えやすくなってしまったというのです。



もちろん、


企業は後者は少しも欲しがらない。








・・・なんとも理不尽な話ではあります。


社会で「正解」「正義」とされたことを


従順に守っていただけなのに。




でも、


「家にこもって、人とは会わずにおとなしくしなさい」


という状態が心地よくて、


楽ちんで、


こう言ってはなんですが、


嬉々として無為にすごした人も、いるはず。



それを歓迎する風潮が一部にあったことを、


僕も覚えています。





そういう人たちは今や


「ボーナスタイム」が終了した


「壮大なドッキリ」にかかった


「手のひら返し」を食らっている


「正直に信じた者がバカを」見ている


そんな状態だと筆者は言うのです。


(さんざんな言われようですが・・・。)





かわいそうな話ではあります。


が、


偉そうなことは言えませんが、


社会の建前とかいっときの風潮とかを信じすぎてしまったのかなあ、


とは思います。




社会とか国なんて、あとで何の責任を取ってくれるわけでもないのに。


自分の人生なのに。





自分の人生に起こることはすべて自分の責任。


社会が理不尽なのは当たり前。


「〇〇だから・・・」


とか泣き言を言っても、


事態は1ミリもよくならない。





「〇〇がなんだ」


「〇〇だからこそ、△△してやるぜ」


そういうガッツで生きていかなければならない。


考える力と、何より行動力。



そういう風に


子どもたちには生きていってほしいと心から願うし、


そういう風に生きていきたいと思います。

ん~、秋の空♪

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