【AIにはできないこと】授業の「肝」
- orangejuku
- 3 日前
- 読了時間: 2分
弊塾中学部は集団授業だ。
最初は僕が説明する。
もちろん、説明(解説、講義)は毎回魂を込めてする。
説明が上手とか、話が面白いと言われたことは一度もないが(苦笑)、
集団授業のスタイルは自分なりにこだわりをもってはいる。
しかし、講義だけで事が済むなら何の苦労もない。
説明はなるべく少なめにして、問題演習をする。
ここから先は個別指導と同じようなものになる。
少人数なので、
できた子は僕のところに持ってきて、僕の○×つけを受ける、という流れだ。
惜しい間違いをしている子
勘違いをしている子
全然わかっていない子
先ほどの話を全然聴いていなかった子
・・・・・
そういったそれぞれに対するその場その場での指導が、
弊塾の場合、
授業の「肝」
ともいえる。
説明しすぎてはいけない。
もちろん邪険に扱ってはいけない。
でもハッパはかけなければならない。
プロセスをよく見なければならない。
生徒が努力しないでその時間をやり過ごそうとするのだけは、許してはならない。
演技もするし、
うんと戻って解説することもあれば、
突き放したり圧をかけたりすることもある。
そして、
前向きなところにもっていかなければならない。
2020年、コロナ禍のとき弊塾もオンライン授業をした。
そのときは緊急避難的な措置として、それなりに頑張ってやれたと思っているが、
学校閉鎖期間が終わってからは弊塾はまったくやっていない。
コロナ禍を機にオンラインを始めて商圏を拡大している塾も多く、それはそれで歯ぎしりするほど羨ましいし、せっかくかじりかけた新しいテクノロジーを生かせなかったのも悔しいが・・・
弊塾の「肝」が、オンラインでできるかと自問したとき、答えは
NO
だったからだ。
AI?
アプリ?
知らん(当分)。
ある塾長が、
「AIには、やらせることはできない」
分からせることはできるかもしれないが、
できるようにさせることはできない、
行動させること、変えること、成長させることはできないと書いていたが、
僕もそう思う。

4月末、小学部の国語の授業にて。



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