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「説明」が「害」になるとき。

「説明」は、教師である僕の仕事だ。




色々な事柄の「説明」の仕方は、



常に改善を心がけている。



もう20年ずっと。





YouTubeで発信する上手な先生の説明を「なるほど」と思って取り入れたり、



生徒の現場での反応をもとに考え直したり。






とくに弊塾の場合



「基礎・基本」のところでつまづく子が多い。




be動詞と一般動詞



一次関数



正負の計算



かけ算とわり算



英語の語順



・・・



わかりやすい「説明」は「生命線」だ。










それでも、



完璧な「説明」はない。






どれだけ懇切丁寧に「説明」しても、



「?」となる子はいる。






それは僕の力不足ではあるが、





そういう子の中には、



(無意識にだとしても)そもそもわかろうとしていない



頭を動かしていない



そんな子が多い。



話を聴いていない



聴く姿勢ができていない



そんな子も多い。






そういう子たちは、



懇切丁寧にまた「説明」して、その場はわかったような反応を見せても、



次にやったときには



きれーさっぱり



忘れる。




もうそれはそれはきれいさっぱり(笑)










そういう手合いだなと判断した場合、



僕は突き放す。





「説明」ならもうしたから




自分で考えてごらん、と言う。



もちろん優しく✨



僕がゴチャゴチャ言ったら、逆に混乱しちゃうからね♪、とか言って。







もはや説明は害である。



時間の無駄だし、



本人が考えることを阻害するし、



本人なりに考えかけていたことを潰す可能性すらある。













be動詞の捉え方にしても、



一次関数の説明のし方にしても、



世の中にはいろいろな方法や解釈がある。



いろいろな先生がいろいろなことを言っておられる。





僕も一応「坂内流」の方法や解釈を持っているが、



それは押しつけるべき「絶対」ではない。






大体、



究極論だけど、



例えばbe動詞について、誰もが完全に一分の曇りもなく納得できる説明なんて、できるものではない。








その生徒が



「うう、わからん!なんでここはこうなるんだ。先生の言ってることもわからん。でも解けないと帰してもらえないのか・・・。うぅ・・・え~と、テキストにはこう書いてあるな・・・。いまいちわからないけど・・・こうやると、あ、確かに正解が出た!こっちの問題も・・・おお、これでいけるじゃん!こうすればいいのか。こういうものということで覚えよう!!」



と自分で頭を絞って考えて、



自分なりにコツをつかみ、



できるようになれば



それが例え坂内流ではないとしても良いことだし、



というか、それがベストだ。





それができなければ今後自力で勉強などできないではないか。










最近ある塾生(小学生)のお母様から、



うちの子が国語辞典をひけるようになったなんてそれだけで驚きです、



とお礼の言葉をいただいた。




その生徒は



「先生教えないから(自力で覚えたよ)笑」



と言っていたという。





嬉しいことである。


(ちゃんと教えたような気はするが・・・??)



 
 
 

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