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「謙虚さをもって強制する」と先輩は言った。

「めちゃくちゃ必要に迫られるか、めちゃくちゃ楽しいかでなければ、人は動かない」



かつて指導の難しい学校に勤務して



授業の成立すら苦しむ日々の中で、



誰に教わるともなく僕が学んだことだ。





「めちゃくちゃ必要に迫られる」とは、



具体的には大半は「先生が怖い」ことを指す。




「赤点になるぞ」



「単位落とすぞ」



「卒業できないぞ」



そんな外部的権威を振りかざす程度では、生徒たちはびくともせず、



脅し文句は宙に舞って笑いものになっただけだった。






きれいごと抜きの現実だ。



僕はそれを忘れたことはない。







補足すると、



①子どもたちには「素直さ」があり、上の2つに当てはまらない(かもしれない)事柄でも、言い聞かせて動かすことができやすい。



子どもが小さければ小さいほどそれは言える。



高校勤務から中学勤務に変わったとき、それを実感した。



(※中学生相手だからって仕事が楽になったわけでは断じてない。)






その素直さはたぶん、



「ヒトの子どもは、小さいうちは大人に従い、大人から学ばないと未熟だから死んでしまうという本能的恐怖をもっている」



ということからきている。




つまり、



「めちゃくちゃ必要」の一種といえる。






②「必要」「楽しい」は主観だから、それをバグらせることはできる。



言葉を悪くしていえば「洗脳」だ。



そういうのが得意な指導者もいる。



それを悪く言うつもりはない。






ただ、①も②も



無理がすぎると破綻する。



子どもといえども、疑念や反発が起こったり、何かが歪んだりする。





さきほど小さければ小さいほど子どもには「素直」さがあると言ったが、



だからといって大人や高校生の指導よりも



中学生の指導のほうが楽、というわけではない。





人の本性の強さを侮ってはいけない。









スタート時点での指導者としての能力が低かった僕は



その後、長らく試行錯誤の旅を続けることになった。




教員時代の先輩には



「細心の注意を払って、謙虚さをもって強制するのだ」



と言われたっけ。





今もまだ旅の途中です。



 
 
 

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