【メモ】「勉強ができるようになる」とは。
【①まず、教わった(学んだ)ときにその内容が納得できること。】
意味
理屈
原理原則
ルール
ポイント
そういうものがちゃんとわからないで、
問題ばかりたくさん説いてもなんにもならない。
↑そういう子
そういう先生は結構いる。
その理屈やルールは、
なぜそうなるのか自分の口で言えなければならない。
(一部の公式のように、「これは丸暗記で覚えよう」というものもあるが。)
社会のような暗記科目でさえ、
「なぜ、聖徳太子は諸々の改革を行ったのか」
を、物語として自分の口で説明できないと
丸暗記もなかなかできない。
【⓪感覚が伴っていること】
でも、
「理屈」がわかるためには、前段階が実は必要らしいのである。
例えば、
「1を10個に分けたものを0.1というよ。例えば1cmを10個に分けたら0.1cmだよ」
と教わったとして、
ものさしで1cmをイメージでき、
1cmという大きさがどれだけ小さいか、
それを1/10にしたら一体どれくらいの大きさなのか
肌感覚が伴っていないと、
そのあとの小数や分数の理解はかなり難しい。
国語の場合なら、
「いろいろな本(マンガやアニメでもよい)や文章にふれていること」
がそれに当たるだろう。
知り合いの塾長は、
「勉強は抽象的なもの。抽象の前に具体がたっぷり入っていないと、勉強は難しい」
と看破した。
そのために低学年や幼児には
積み木やパズルなどの遊具のような教材を与えているそうである。
僕はそこまではやらないが、
とくに小学生に指導するときに、
なるべく「実感」できるように気をつけている。
さて、
授業を聴いて(テキストを読んで)
「なるほど~!興味深い!!楽しい!!」
でも
「ふーん。そういうものなのね。了解」
でも、とにかく理解したとして、その後に必要なのは
【②練習をくり返すこと】
である。
テキは、テストである。
限られた時間の中で、
自分の知識や技術を総動員して、
少しでも多くの点をもぎ取らなければならない
「試合」もしくは「ゲーム」である。
色々な問題に対し、
「ああ、あれね」
と、素早く技を繰り出せなければ困る。
「あーガリ勉やだやだ♨」
「テストで子どもの知性なんか測れないのにぃ」
などと言うなかれ。
音楽でも、スポーツでも、ビジネスでも、
「本番」
というものはそういうものではないか。
というわけで、
テストに挑むと決めたら
量
くり返し
(自分への)たたき込み
そういうものが必要になる。
「やった」ことは言い訳にならなくて、
パッと繰り出せるまで
どれだけ本当に自分に刷り込んだか、の戦いになる。
以上の⓪~②のどれもが、
多分、
「勉強ができる」ということには必要なんだと思う。
そうそう単純なことではない。
その手立てがないかいつも考えている。
塾でできないことも、あるかもしれないが。




コメント