top of page

だから僕は「解き方」を軽々しく教えたくない。

解き方って、実は色々ある。





数学の問題は、



こうも解けるしああも解ける、



という問題が結構多い。





「み・は・じ」(道のり・速さ・時間の問題を機械的に解くテクニック)には



批判も多いが、



実際にそれで多くの子がささっと答えを求めることができているのを目の当たりにすると



僕には「そんなのやめろ」とは言えない。







物事の理由は、色々な説明の仕方がある。



例えば「be動詞とはどういう意味なのか」



いろんな先生が得々といろいろな説を語るけど、



(中には勢い余って「みんなこういうやり方してるけど、それ間違ってるから笑」とか他の流派をディスっちゃう先生も結構いる。ちょっと宗教みたいですな。)



違う説もたくさんある。







今日、数学の補習でこんな問題(↓)を解いている子がいた。




この手の方程式は、



分母に最小公倍数をかけて「分母をはらう」やり方が主流だと思う。




こんなふう(↓)に。




学校教科書にもこのやり方が載っている。



僕もこのやり方を採用して、教えてきた。





(ただ、この「分母をはらう」というテクニック、



なぜそれをやるのかが飲み込めない子が多いような気はしている。)









今日、その子はこう解いた。







大正解だ。



「分母をはらう」ことはしていない(できていない)が、



お見事というしかない。






自力でこれができたのなら、



もう僕に言うことはない。







数学、英語、社会・・・



「わかりやすい説明」「やりやすい解き方」



ということを僕ら教師は日々工夫し続けてはいるけれど、




それが唯一の道ではない。





そして、



自分で探して道を見つけて得た知識・技能は、



どんな神授業や完璧な教材に教わったそれよりも強力だ。






もちろん僕も最初一つの方法を採用して教えはするけど、





実戦となると話はまた別になる。




時間の制約とかもあるけれど、



なるべく僕は突き放して、本人に考えさせたい。



なるべく。



 
 
 

コメント


bottom of page