河津の歴史物語。
- orangejuku
- 2 時間前
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中学某学年の英語の授業にて。
ちょっとした流れというか、
思いつきで「河津の歴史」を雑談しました。
・・・・・
河津もなかなか歴史が古く、
平安時代の末期、鎌倉時代の直前、
この地に河津三郎という武士がいたそうです。
この河津三郎という人は力持ちで腕っぷしが強く、
相撲を取ると負け無し。
この人の得意技は
大相撲や柔道の決まり手である「河津掛け(かわづがけ)」の由来になっているのだとか。
珍しい手だそうですが。
しかしこの河津三郎は、暗殺されてしまうんです。
それも親戚に。
ハメられて非業の死を遂げるんですね。
親戚同士の醜い争いってやつですね。
男の子が二人残されました。
彼らは曾我家という家の子になり、
「曾我兄弟」とよばれるのですが、
二人は父を殺したその親戚を恨み、
「いつか父さんの仇を討ってやる🔥」
と心に刻みながら育ちます。
時は流れ、
大人になった二人はついにその親戚を夜討ちして、
父のかたきを取ります。
実は、この事件にはかの源頼朝もからんでいたんですよ!!
・・・いや、「からんでいた」は嘘だ💦
その現場にいて、巻き込まれたんです。
それでちょっとした大事件になってしまうんです・・・
この「曾我兄弟の仇討ち」の物語は、
昔はすごくよく知られたお話で、
江戸時代には歌舞伎になったり絵本みたいになったりしたそうです。
庶民の人もみなそれを見て涙を流したりしたんだね。
戦前には学校の教科書にもその話が載っていたらしいですよ。
・・・・・
なんてことを喋ったら、
なぜかちょっとウケました。
こういう話がいつもウケるわけではなく、
そのときの状況やメンツによりますが・・・
そんな話もときには悪くないなと思いました。
夏休み中の授業の一風景のお話でございました♪

【訂正】河津三郎の息子たちの恨みを買ったのは、「伊東某」ではなく、「工藤祐経(くどうすけつね)」という人ですね。
よく思い出せず、あやふやなことを喋ってしまいました。ごめんなさい💦



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