【真理】千里の道も一歩から。
- orangejuku
- 2 日前
- 読了時間: 3分
「リーダー(教師)は、全体の行程を『見える化』し、メンバー(生徒)が今どこらへんを走っているかわかるようにし、共有するべきだ」
「自分の現在地がわかってこそ、メンバー(生徒)はビジョンをもって行動ができる」
「あとどれくらい続くのかわからないのに走り続けるというのはつらいものだ」
そんなリーダー論/教育論を聞いたことがあります。
一理はあると思いますが、
僕はちょっと疑問を持っています。
大人たちがチームを組んで、
何かの業務を遂行しようというのなら、
そういう方法が有効なのでしょう。
誰にも必要な方法・視点であるには違いありません。
でも、
こと子どもの教育というか、学びを育てるために、
そういう「ビジョン重視」(「効率重視」「結果重視」につながっている感じもします。それが悪いこととも言えませんが)の方法が有効かというと、
そうではないことを、現場の人なら知っていると思います。
なぜなら、
「学び」は、コスパ・タイパとは程遠い、泥臭い膨大な労力と時間を必要とする、そうならざるを得ないものだからです。
先のこととか時間とかを忘れて、
一歩一歩、「基礎」とか「基本」とか呼ばれるものを存分に着実に踏み固め、
ときには停滞したり後退したりもしながら、
一段一段積み重ねていかなければならないものだからです。
筋トレ系インフルエンサー(?)のTESTOSTERONE(テストステロン)という人も
子ども向けの本にこう書いています。
「キミは赤ちゃんのときには言葉を話せなかったし、歩けなかったでしょう?でも今はどう?スラスラ話せるしスタスタ歩けるよね。赤ちゃんのときに『明日には話せるはずでちゅ!』とか『今日の午後までには歩くバブー』とか考えていたら、話すのも歩くのもあまりに難しすぎて、きっとあきらめていたと思うよ。でも、そんなことは考えずに、何度も何度もくり返しまわりの会話を聞いたり、立つ練習、歩く練習をしてきた結果、今のキミがあるんだ」
(『大人も気づいていない48の大切なこと』TESTOSTERONE著、2021、強調は坂内)
気がついたら、高みに達している。
そういうもんでしょう。
・・・なんてことを、
お盆休みに山に登りながら考えたりしました。
勉強に苦戦している子たちに対して、
「まだここまでしか行けていないんだぞ。先はこんなにあるんだぞ。時間はないんだぞ」
と迫るのではなくて、
「今日は一問しかできなかったけど、たくさん頭絞って考えたな」
「今日はここまで行けたな」
「ほら。もうここまで追いついてきたぞ。学校の先生が見たら感動するぞ」
というふうに支援してやりたいものだと思います。

お盆に八ヶ岳を2泊で縦走してきました。↑北横岳山頂から見えた南八ヶ岳の山々。



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