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【塾屋として】この言葉を言ったら負け。

未来ある子どもたちを教えていると、



「お前そんなんだとこの先・・・」



と、つい言いたくなる。





実際に、気がかりになる。



変化・進化の激しい、これからの世の中



のほほんとしたメンタルではサバイブできないぞ!!!!!



と、ヒリヒリした気分になる。






が、



そういうこと、すなわち



「世の中はなあ・・・」とか



「これからの世の中はなあ・・・」



という類いの言葉を、授業中に、生徒のモチベーションアップとかのために言ったら、それは



「教師として負け」



と僕は肝に銘じている。







理由の一つは、



たかが塾講師、



自分の少ない経験にもとづいて天下国家や、これからの世の中を語るなど思い上がりでしょ?!



と思うからだ。








多くの教師は、「努力を継続することが大事」と説く。



でも、もしかしたら(例えばだが)



休み休みがいいのかもしれないし、



努力なんて天賦の才にかなわないのかもしれない。





「人生はそんな甘いもんじゃない」ですか?



いや、「人生なんて甘いもの」かもしれないではないか。






ましてや変化・進化の激しい時代だ。



僕らの価値観は、



どうしたって何十年も前のものを引きずっている。




僕は東南アジアの経済の発展もアメリカの分断も肌で知らないし、



富裕層の暮らしも、一日2ドル以下で暮らす人の現状も知らない。





そんな人間のほざく「これからの世の中はなぁ」というお説教は、一言で言えば



100%老害



だと僕は、あくまでも自分に対して、思っている。








もう一つの理由は、



もし生徒を真剣に勉強に向き合わすために「モチベーショントーク」をやっているのなら、



それは授業(や「場」)そのもののおもしろさまたは真剣さで勝負していないと思うから。





自分の授業を聴かすために



「世の中」だの「これからの世の中」あるいは「受験」だのの



威を借りている行為だと思うから。










「いや、信念をもって、これからの世の中どう生きるべきか、教えているんだ!」ですか?



まあ、いいんですけど。





若者は大人を乗り越えて育つものだ。




子どもたちに「うるせー大人だ」と思われること、



あるいは反面教師になることが、



大人の役目だ



という覚悟なら、それもすばらしいと思う(皮肉ではない)。









でも、本当にそれ、信念ですか?



たいてい



自分の言う通りにならない生徒にいらだち、自分の話を聴かすために言っていませんか?



と、僕は自分に対して思ってきて、今に至ります。


 
 
 

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